今回から、「相性のピタピタ原則」を考えついたころのことを書いてみます。 さて、ピタピタコンビ(共同研究者の渡辺博士と私)が、研究にあたってまず立てた仮説は次の二つでした。
(1)ワインの飲用適温を決めているのは、ワイン中の主要な化学成分ではないのか?特に主要な有機酸、当分、タンニン、炭酸ガスなど。
(2)これらのワインの中の主要な化学成分に対して、相手になる料理(食材の調味料)の主要な化学成分の相性がよかったとき、そのワインと料理はピタピタと合い、すばらしい味覚を口の中につくりだす。
この二つの仮説を立証するために、ピタピタコンビは日本全国はもとより、ヨーロッパ遠征などして研鑽を積んできたわけです。
<2点間温度差判定法>
そこで、原点に立ち戻ってワインの中の主要な化学成分である有機酸などが、温度の変化でどのような味の特徴を示すかについて実験してみました。(今までの食品事典などには、さんの味は温度に関係なく一定である…と書かれていました。まず、このことに挑戦したわけです。) そこで、ひとつの酸に対して一定の低い温度(5℃)と高い温度(20℃)で味わってみて、主要な有機酸がどんな味を示すかを、利き味判定し、この温度差判定を「2点間温度差判定法」と名付けました。この温度差を利用したのは、次のような理由によるからです。 われわれが通常、リンゴ酸の多いドイツワインを味わう場合、もっともおいしく感じる温度は5℃〜8℃である。一方、乳酸の多く含まれるフランス高級赤ワインは、室温ぐらいの16℃〜18℃で飲むと実に旨い。しかも、5℃は冷蔵庫の温度(約3℃)に近く、20℃ならば室温に近く、比較的設定が楽にできる。なお、温度差を15℃としたのは、これ以下の温度差になると、判定がだんだんと難しくなるからです。 下記の表に、主要な有機酸の2点間温度判定を示してみました。これは、熟練したパネル10名以上による20回以上のくり返し実験による結果です。ここでは、各有機酸は、水1リットル中に3g(0.3%)に溶かしたものを用いました。
<冷旨系有機酸と温旨系有機酸>
さて、利き味の結果、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、酢酸などは、冷やした温度で旨くなることから「冷旨系有機酸」と簡略化して呼ぶことにしました。また、乳酸、コハク酸、グルコン酸などは、温かい温度で旨くなることから、「温旨系有機酸」と略称することにしました。
前々回に解説しました3つのタイプのワインのうち、冷旨系ワインには冷旨系有機酸が多く含まれ、温旨系ワインには温旨系有機酸のウエイトが高いのは当然です。 また、冷旨系ワインと温旨系ワインの中間(12℃前後)に飲用適温を持つワインを、中間系ワインと呼ぶことにしました。この中間系ワインには、冷旨系有機酸(リンゴ酸+クエン酸)と温旨系有機酸(乳酸)の両系がほぼ同量ずつ含まれています。
さて、次回の理論編は、上記で述べたさまざまな有機酸の味の特徴や日常の食生活の中でこれらがどのように生かされているかについて解説します。
それでは、応用編へまいりましょう。
寒い冬の夜、鍋物をつつきながら語り合うあの雰囲気には何者にも代え難い暖かみがあります。 むかしから一家団欒の家庭料理の典型として誰からも愛されてきた鍋物料理は、また調理学的に見ても優れた諸点を持っています。
(1)材料は動物性食品と植物性食品とをバランスよく取り混ぜて使うので、栄養的に優れている。
(2)加熱の仕方は、煮物や汁物と同じであるが、煮ながら食べるので、程よい加熱のため、材料の持ち味を最高条件で味わうことができる。
(3)つけ汁や薬味が材料の特徴をよく引き出すように準備された場合には、淡白であるが、「本当の旨み」が口の中に創り出される。
<鍋物のタイプ>
やはり、鍋物をおいしくいただくには、材料の取り合わせや、材料の下拵え、およびつけ汁や薬味などの上手な組み合わせが必要になってきます。つまり、味付けによって、鍋物のタイプが決まってくるのです。 さて、鍋物は大きく次の3つのタイプに分けられます。
(1)非常にうす味のスープまたは水で煮る鍋物。これには、「水炊き鍋」「ちり鍋」「湯豆腐鍋」など、それに、「しゃぶしゃぶ」がある。
(2)うす味で煮る鍋物。これには、「寄せ鍋」「おでん」「鮟鱇鍋」などがある。
(3)濃い味で煮る鍋物。これには、「すき焼き鍋」「土手鍋(カキ鍋)」「ねぎま鍋」などがある。
<タイプ別・鍋ものとワインの相性診断>
(1)非常にうす味のスープまたは水で煮る鍋物
「タラちり鍋」 材料の主役タラは、魚介類の中では脂肪分が少なく、味は淡白です。これを熱湯に浸すので、脂肪分はほとんど取れ、柔らかくなる。よって、調味液の影響をもろに受けやすくなります。また、主材料の野菜も同様です。 これには、つけ汁として、ぽん酢醤油(ゆずなどの柑橘類の果汁の比率が醤油のそれよりも多い)がよくあってきます。そして、味にアクセントをつけるために、さらしねぎ、もみじおろし、ゆずなどを薬味として添えます。 つまり、この料理は、「甘みはほとんどなく、すっきりとした酸味と素材の旨みが調和した淡白な味わい」が特徴といえます。 よってこれにあうワインは、相性表の左側に位置する冷旨系辛口白ワイン、たとえば、ミュスカデ・シュール・リー、甲州シュール・リー、それにドイツのフランケンワインなどです。
「しゃぶしゃぶ」 これは、シュアンヤンロウという中国風鍋料理を日本人向きに変えたもの。水炊き鍋の一種と考えてよいでしょう。 主材料は、牛の霜降り肉かロースの薄切りが使われます。副材料は、白菜、春菊、長ねぎ、しいたけ、春雨、豆腐など。 さて、薄切りの牛肉を煮立っている湯にさっと浸すので、脂肪や乳酸などの諸成分も減り、やら若くさっぱりとした素材に変化します。これを、野菜などと一緒に次の二つのたれにつけて食べる味は、それぞれ格別の旨さを感じます。 (a)ポン酢醤油のタレ 醤油、酢、レモン汁などを混ぜたもの。水炊き鍋の場合よりも醤油の分量がレモン汁よりもやや多めのほうが旨い。薬味としては、もみじおろし、ねぎのみじん切りを用意します。 このたれをつけた牛肉には、樽香があり、こくのある辛口白ワインがよく合います。これは、相性表のほぼ中間に位置します。 オーストラリアやカリフォルニア産の樽香のする辛口シャルドネがいいでしょう。 (b)ゴマダレの場合 すりごま、味噌、醤油、だし汁、みりんなどを混ぜ合わせたもの。やや甘みとこくがあるタレです。これには、中間系の軽い赤で、やや甘口のワインがよく合います。ドイツのアムゼルケラーや、ルビーポート、などがあります。
(2)うす味で煮る鍋物
「寄せ鍋」 材料は、鶏のささみ、芝えび、あおやぎ、いか、たけのこ、しらたき、しいたけ、三つ葉、銀杏など、淡白です。煮汁は、昆布だし、醤油、塩、酒、みりん。 つまり、この料理の特徴は、「酸味が少なく、やや甘口で、素材からのこくのある旨みがあり、渋味などの刺激味もある。」 これには、酸味の穏やかなほどよい甘み、タンニン(渋味)のややある白ワインなどが合います。例えば甲州ワインなどです。「おでん」の場合も、寄せ鍋と同じように考えていいでしょう。
(3)濃い味で煮るもの
「すき焼き」 材料は、牛肉を主体に、しらたき、豆腐、ねぎ,せり、春菊、椎茸、春雨など。煮汁は、水、醤油、酒、砂糖。 この料理は、「牛肉に含まれる脂肪分と乳酸によるコクと、調味料による甘みとコクのある酸味」が特徴です。 よく合うワインは、中間系のやや甘口の軽い赤ワインがいいでしょう。これには、とても手頃なドイツのアムゼルケラーがあります。もし調味料の甘みが減れば、辛口の軽い赤にあってくるから面白いものです。生卵をたっぷりつけると、牛肉などがマスキング(包む)されて、こくのある白ワインにあってくるから、相性とは微妙なものです。
「土手鍋(カキ鍋)」 材料は、カキ、ねぎ、焼き豆腐、煮出し汁、みりん、味噌。薬味は山椒粉。 この料理の特徴は、「カキやその他の材料から出る旨みと、調味料の刺激味が中心。甘みは少ない」 よって、よく合うワインは、中間系の辛口ロゼワインがいいでしょう。たとえば、リステル・ロゼ・シュール・リーなどがいいでしょう。シュール・リー特有の旨みがこの料理の味と程よい調和を保ってくれる。
<ワインと「鍋物」の相性ポイント>
(1)主要材料が相性表のどの編に位置づけられるかを知る。 一般に「鍋物」の材料の多くは淡白なものが多いようです。それらを、水やスープとともに加熱し、柔らかくしてから薬味やつけ汁でたべるので、材料はつけ汁や薬味の影響をもろに受けやすくなります。 よって、食べる時点での「鍋物」の素材の多くは、相性表に示す冷旨系から中間系までの間に位置づけられます。つまり、脂肪がほとんどなく、さっぱりとした素材(冷旨系寄りの素材)から始まり、やや脂肪分が残り、ある程度コクのある素材までにわけられます。(牛肉のように脂肪や乳酸の多い温旨系素材でも、熱湯に浸す間にそれらの成分も薄れて、中間系寄りの素材に変わります。) 従って、これらに合いやすいワインは、冷旨系から中間系の間にあるものと考えていいのです。
(2)つけ汁や薬味の特徴をつかむ。 前述のように、なべ物の材料は、つけ汁と薬味の影響を非常に受けやすいので、つけ汁や薬味が含む甘み、酸味、苦み、刺激味などの濃度を知ることが大切です。
(3)最終的に、その料理の甘み、酸味、苦み、刺激味に対してできるだけ近い味覚濃度(甘み、酸味などの濃さ)を持つワインを、冷旨系〜中間系ワインの中から選べば、料理とワインの相性は最もすばらしいものとなるでしょう。
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