今回は、これまで述べてきた様々な有機酸について、それが温度変化によってどんな味になってくるのか、また日常の食生活の中でどんな風に利用されているのかなどについて解説します。 1.冷やすと旨くなる酸(冷旨系有機酸) (1)酒石酸 果物の中ではナシにも多少含まれていますが、なんといってもブドウに多い。ワインでは、甲州や南ヨーロッパのワイン(例えば、スペインのカヴァ)に比較的多く含まれています。 この酸は5℃に冷やしても、それほど美麗な酸の味はしません。むしろ歯茎を刺すような感じがします。10℃ぐらいでやや美味しくなり、20℃ではややぼけた味となります。 さて、「酒石酸」と「酒石」を混同している人がいます。酒石酸はあくまで有機酸であり、この酸が果実中のカリウムと結合して「酒石酸モノカリウム」となり、この物質を「酒石」とよびます。よく、樫樽などにきらきらと輝いている白い結晶をみつけることがありますね。これが酒石なのです。
(2)リンゴ酸 リンゴ、苺、ブドウなど果実に多く含まれています。リンゴ酸はよく冷やすと、大変爽やかで、喉越しがよくなります。 反対に20℃になりますと、なんともぼけたしまりのない酸味となります。そのため、以前の図表では冷たい温度(5℃)でのリンゴ酸の味をプラス・プラス(++)とし、20℃の温かい温度はマイナス・マイナス(−−)と示しました。レストランや料理屋などで食べる果物がよく冷えているのは、果物にリンゴ酸と糖分が多く含まれているからです。 また、リンゴ酸を多く含むワインは、ドイツワインやフランスのミュスカデ・シュール・リーなどの白ワインです。これらのワインは、よく冷やさないと味がぼけてきます
(3)クエン酸 各種の果物や野菜に多く含まれています。特に、レモン・オレンジ・かぼす・すだち・ゆずなどの柑橘類に多くあります。 この酸は、常温ではそれほどの感激はありませんが、よく冷やすとリンゴ酸同様に喉越しのよい大変美麗な酸味となります。 レモンジュースやオレンジジュースをよく冷やすと美味しくなるのは、クエン酸によるところ大です。また、レモン・すだちなどの柑橘類は、料理によく使われます。フグ、ヒラメなどのさっぱりとした白身魚のつけ汁は、ポン酢醤油(ゆず7:醤油3)です。また、新鮮なレモン果汁1リットル中には、クエン酸が約50g(5%)も含まれています。このクエン酸が魚介類などの臭み消しに大変よく利用されています。レストランやカニ専門店などでは、レモンの輪切りを浮かべたフィンガーボールを用意する場合があります。これは、手についたカニなどの魚介臭を消すためです。魚介臭などのアミン酸は、クエン酸や酢酸などの酸によって、無味無臭の水に溶けやすい物質に変化してしまうのです。焼き魚に必ずレモンの断片が添えられるのもこの効果があるからです。 クエン酸は冷たい温度(5℃)では++、温かい温度(20℃)では−−と図表には示しています。 (4)酢酸 食酢やワインヴィネガーなどの主要成分は酢酸です。酢酸は他の有機酸と異なり、揮発しやすい性質がありますので、特に揮発酸と呼びます。 ワイン中に酢酸菌が繁殖すると、アルコールは酢酸菌によって酢酸に変わり、ワインヴィネガーとなります。酢酸は冷たい温度(5℃)ではおいしく、++。温かい温度(20℃)ではややおいしい+と表わしました。 さて、冷やして旨くなるこれらの酸を、まとめて「冷旨(レイシ)系有機酸」と呼ぶことにしました。これらの酸がワイン中に多ければ、そのワインは冷たい温度で旨くなります。 この「冷旨(レイシ)系有機酸」の中でも、特に重要なのは「リンゴ酸」です。
それでは、応用編へまいりましょう。
「おせち料理とワイン」
正月といえば、なんといってもおせち料理です。しかし、この料理には色々な種類があります。ワインと共に楽しむ場合、「おせち料理」を私の経験から次の3つのタイプに大別してみました。
(タイプ1)煮しめ・昆布巻き・田作り ・材料---鶏肉、ごまめ(小さなカタクチイワシを干したもの)、魚介類、野菜など。 ・調味料---醤油、みりん、酒、砂糖、油など。 ・特徴---甘みがあり、醤油と油からくるこくがある。 ・相性に関係する主要成分---乳酸(醤油・酒などからくるコクのあおる酸味)、甘み(みりん・砂糖)、油脂分(魚介類・油)
(タイプ2)しめ鯖・紅白なます ・材料---魚介類・野菜など ・調味料---食酢、みりん、砂糖、だし汁、醤油(少々)など。 ・特徴---酢酸のすっきりした酸味と食材、調味料の旨みと甘みが調和した料理。 ・相性に関係する主要成分---酢酸(食酢)、甘み(砂糖、みりん)、旨み(魚介類)
(タイプ3)カマボコ・伊達巻 ・材料---魚介類、卵、豆類など ・調味料---砂糖、酒、化学調味料など ・特徴---旨
味と甘味はあるが、すっきりとした酸味不足。 ・相性に関係する主要成分---甘味(砂糖)、旨味(食材)。
さて、こんな色々なタイプのある「おせち料理」にもっとも合うワインをひとつひとつ取り上げたとしたら、ワインが多くなりすぎて、酔っ払ってしまいます。そこで、これらの「おせち料理」と相性に関係する主要成分を多く持つ、ワインを一つ選んでみました。それは、フランスのアルザス地方産のピノ・グリという品種を用いた、やや辛口の白ワインです。 ピノ・グリというブドウ品種から造られるこのワインは独特のスパイシーな香り、しっかりした酸味(リンゴ酸、酒石酸)、程よい甘味、果皮から抽出された心地よいタンニンの苦み・・・これらの諸成分が絶妙なバランスをたもつ、ややコクのある優良な白。
(タイプ1)の料理とピノ・グリの相性診断
「煮しめ」をとりあげてみましょう。 ・材料---鶏もも肉、干し椎茸、ゴボウ、レンコン、にんじん、里芋、こんにゃく。 ・調味料---だし汁、醤油、みりん、酒、砂糖、サラダ油。
----------「煮しめ」とピノ・グリの相性診断----------
《料 理》 |
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《ワイン》 |
醤油・酒の渋味(乳酸) サラダ油の油脂分 |
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タンニン(苦み・渋味成分) |
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材料・だしの旨味(アミノ酸) 砂糖・みりんの甘味 |
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糖分 |
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料理の香り |
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香気成分 |
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+レモン汁少々(クエン酸) |
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リンゴ酸・酒石酸(すっきりした酸味)
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「煮しめ」と「ピノ・グリ」の関係は、そのままでは80%の相性。つまり、ワインの方にあるすっきりとした酸味が「煮しめ」の方に欠けているので、料理の方にレモン汁を少々振掛けてみましょう。すると、すっきりとしたクエン酸がワインのリンゴ酸と酒石酸とバランスがとれて、相性はピタピタとなってきます。 その上、レモンの効果で料理の甘味も減り、ワインの程よい糖分と調和してきます。「昆布巻き」「田作り」もこれとほぼ同様の方法で相性は決まります。
(タイプ2)の料理とピノ・グリの相性診断
-----「しめ鯖」とピノ・グリの相性診断-----
《しめ鯖(三杯酢)》 |
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《ピノ・グリ》 |
甘味 |
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糖分 |
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酢酸 |
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リンゴ酸・酒石酸 |
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サバの油分 |
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タンニン |
そのままで、両者はピタリと合います!
-----「紅白なます」とピノ・グリの相性診断-----
《紅白なます(三杯酢)》 |
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《ピノ・グリ》 |
甘味 |
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糖分 |
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酢酸 |
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リンゴ酸・酒石酸 |
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+粒入りマスタード |
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タンニン |
ピノ・グリのタンニンに相当するコクのある成分不足のため、そのままでは相性はイマイチ。粒入りマスタードを少しぬると、このワインにピタリとあってくる。 粒入りマスタードを塗らず、そのままの場合は、やや甘口のドイツワインがピタリと合うはず。
(タイプ3)の料理とピノ・グリの相性診断
-----「カマボコ」とピノ・グリの相性診断-----
《カマボコ(わさび醤油)》 |
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《ピノ・グリ》 |
旨味・甘味 |
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糖分 |
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わさびの刺激味 醤油の乳酸 |
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タンニン |
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+レモン汁少々 |
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リンゴ酸・酒石酸 |
料理はすっきりとした酸味不足のため、わさび醤油にレモンを少々絞り、これにカマボコをつけるとピタリとあってくる。
以上のように、相性のピタピタ原則に従って、調味料を上手に使えば、特定のワインにさまざまな料理を合わせることができるのです。
ところで、上記3タイプのいずれにも属さない「おせち料理」の定番、「数の子」はどうすればよいか?ピノ・グリと無理にあわせず、もう1本ワインを用意しましょう。軽い赤ワイン、例えば、「やや辛口の軽い赤のメルロー」などがいいでしょう。食べるに先立ち、醤油と酒を半々に混ぜた調味液によく浸けておく。食べるおり、この数の子を取り出し、わさびを少々つけると実に旨い。上記のメルローともピタピタです。
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